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博士の愛した数式/小川洋子

博士の愛した数式/小川洋子_d0037562_21595153.jpgなんという美しい構造を持った小説だろう。非日常的な事柄(数学、80分しかもたない記憶、江夏豊)が、中編小説に盛り込まれていても何一つ乱れがないのだ。

家政婦である私が新しく派遣された先は、過去何度も家政婦が交代する問題の家だった。すさんだ離れに済む初老の男性はかつて数学者であったが、交通事故で記憶の障害をもっていた。1975年以降に生じたことの記憶は80分しかもたないのだ。ゆえに、毎日彼女は“博士”に自己紹介をし、その度に交わされる数字をもとにした風変わりな挨拶を行う。彼女は次第次第に博士の暖かさと数字の持つ魅力に惹かれていく。シングルマザーであった彼女の10歳の息子も、博士に毎日“√”と名付けられ博士の不思議な愛情に包まれていく。


数学という題材を発見した著者に敬意を表したい。数学と試験はカップルであることから私とて数学嫌いである。しかし、正解を得た時に感じる喜びや解放、そして静けさは素晴らしいものだということを思い出した。そして、その数学という破綻なき題材に呼応するかのように、小説は完璧な円環構造をもっているのだ。

著者は、「海辺のカフカ」のように“不完全な小説”を書く能力がある。文芸世界には”不完全”が流行している。“不完全”は読者に考える余地が与えられる。だから、インテリに好まれ“不完全”の著者もインテリであるという称号を得る。逆に綺麗な破綻なき”完全”な小説は大衆化の誹りを免れない。でも、数学を題材に扱うのであれば、”完全”な構造が似合う。でも著者の”完全”は決して幼稚ではない。だれでもが楽しめる極上のエンターテイメントである。

この小説を楽しむ上で、一番口惜しかったのは本の帯である。映画のキャスティングが書いてあるのだ。見事なキャスティングだと思うけど、本を読んでいるときに彼らをイメージしてしまった。ちょっと想像の自由度が少なすぎた。

Track Backはmarinさん
by musigny2001 | 2006-02-24 22:06 | 小川洋子


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